力をぬいて




Take it easy!!
気楽にいこうぜ。カンボジア人のように。

カンボジアへのスタディツアーというのは、
途上国の現状を知ると
いう勉強の場であると同時に、
ストレス大国となってしまった日本
をどう捉えるかという勉強の場になりませんか。
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帰り道

 

私は2002年にはじめてカンボジアにきましたが、

きっかけはアンコールワットと一ノ瀬泰造さんでした。

カンボジアに住もう、と決意するほどカンボジアを好きになったのは、

風景、食べ物、そしてカンボジアの人々のおかげです。

どこかの田舎で、こんな風景をみながら、陽気なカンボジア人に

囲まれ、おいしいものを食べてみたら、「これでいいや」って思います。

本当はそれだけで十分なのに。
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癒されることもある

 


心に染み入る美しい光景というのはきっとこの世界のどこにでも存在するんでしょうね。

私が知っている世界は、世界のほんの一部だけど。

「楽園なんてないんだよ」

どんな場所で生きていても、生きるって大変なことだなと思うわけなんですね。

楽園はなくとも、苦しくても生きてみる。

そしたら楽しいこともたくさんあるだろうから、多分ね。
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偶然ですね

 
また起こったんですよ。

先日、またもや日本語スタッフが非常に少ない日がありまして、

そして毎回そうなのですが、そういう日に限って日本人のお客様が多いんですねぇ。

なんなんでしょうかこれは。なぜそういう日にばかり当たるのでしょうか私は。

それにその日はよく怒られたんです。同じ職場の人に。

私はミスしたわけでもなんでもないのに怒られて、

なぜに?とへこんでいたんですね。

まぁその人は普段からいつも怒っている、怒っているのがスタンダードという

変わった人なので、気にしないほうがいいな、とは思いつつも

へこんでしまう私です。

しかし仕事ですから、そんなことはどうでもいいのですが、

帰り際、疲れている私を同僚が呼びつけたのですね。

「ちょっとこっちきなさい!!」

え?なんか怒られるの?とちょっとだけ怯えたのですが、

「なんでしょう?」と彼のもとへ行くと、

「これ食べな」と、カンボジア甘味をくれたんですね。

あ、まただ・・・と思って、嬉しいというか、もちろんありがたいことなんですけど、

「お前は何者なんだ」という気持ちが生まれましたよ。

私が大変な時に限って食べ物を与えてくれる同僚はいつも同じ人です。

なんでしょうかあれは。同僚とはいえ、担当が違うので私がその日忙しいかどうかは

わからないような気がするのですが、だからこそ不思議なんですね。

そこにはなにかあるのかと。君は何者なんですかと。


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どれが答えだ。

 
去年のことですが、海へ遊びにいってきまして、途中でプノンペンも通ったんですがね、

都会ですよねぇ。

シェムリアップでも街中はすっごく発展してますけど、
やっぱり首
都の貫禄は違いました。

それにしてもあれとヤシの葉っぱで作られた家があるのが同じ国だ
と思うと、

言葉が出ませんよね。

私が住んでるところも田舎ですが、まだあれ田舎って言ってもそこまでの

田舎じゃありませんからね


ほんとの田舎でなんもなくて生活してる人の生活といったらもうす
ごいですよ。

日本でも自然と共に暮らすとか、自給自足の生活とか、ロハスとか
はやってますけど、

本物ってそんなんじゃない。

ロハスとかじゃない。

日本でいう自給自足がロハスだとしたら、

カンボジアのは「クソ現実」ってかんじ。

そして、そのリアルロハス生活とレクサスアイフォン生活が同じ国に存在しているこの事実。

支援金とか募金のために貧乏な子供たちばっかり写真に撮られて色んな場所で
目にしますが、そのギャップを伝えていかなくていいのかな。


私にできることは少ないです。
伝えていくこと、家族や身近な人を些細に助けることだけ。
自分のことだってうまくやっていけないのにどうしてこの世界を変えられようか。
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ありがとう

 
私が特別忙しくて、「今日は本当に疲れたな」って思っていると、

何故かその日に限って同僚がお菓子を買ってきて私にくれたりすることがあります。

先月のこと、中国正月の時、その日は日本語スタッフが少なく、日本人のお客様が多く、

疲れ果てていたのですが、帰り際に同僚が「はい、お年玉」ってコーラをくれたんですね。

昨日のこと、出先から戻ってきた私はめずらしく残業でした。

そのうえ車に酔って調子も悪く、たまたまバイクがなくて歩きで自宅まで帰らなくてはいけなくて、

ため息をついていると、同僚が「日本から飛行機できたくせに。日本人が車酔いしてるんじゃないいよ!」ってひどいことを言うわけです。

そんな言い方することないじゃん、とちょっとだけ憤慨していたのですが、

彼は帰ろうとする私を呼び、「ほら一緒に食べよう」と、買ってきたポンティアコーン(孵化しかけのアヒルの卵)をくれたのです。

なんかねぇ、ジーンとするんですねぇそういうことに。

たまたま、かもしれませんよ。

それに一緒に働いているわけですから、あるていど私の忙しさも伝わっているのかもしれません。

でも、なにかしらの偶然にしろ、誰かが私を気にかけてくれているにしろ、

人の温かさを感じて嬉しいです。

いくらカンボジアが好きだからといっても、大変なことだってたくさんあります。

そんな時に、ここにきてよかったなって思うようなで出来事がちゃんと待っているような気がしてなりません。それをよく感じます。生きていることに、なにかがあるって、そう思います。
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どう動くのか。


最近読んだ本の話。

 
<作品>
「砂漠」 伊坂幸太郎

<おもしろいなと思ったシーン>
「たとえばね、手負いの鹿が目の前にいるとしますよね。脚折れてるんですよ。で、腹を空かせたチーターが現れますよね。襲われそうですよね。実際、この間観たテレビ番組でやってましたけどね、その時にその場にいた女性アナウンサーが、涙を浮かべてこう言ったんですよ。『これが野生の厳しさですね。助けたいけれど、それは野生のルールを破ることになっちゃいますから』なんてね」

「正しいじゃんか」と鳥井が言う。

 「助けりゃいいんですよ、そんなの。何様なんですか、野生の何を知ってるんですか。言い訳ですよ言い訳。自分が襲われたら、拳銃使ってでも、チーターを殺すくせに、鹿は見殺しですよ」


<感想>
おもしろいなって思ったし実際に声を出して笑いました。
彼の言い方がおもしろくて。
「野生のルール」というのが弱肉強食を表しているとしたら
人間は
チーターより道具を使える知恵があるので強いことになりますよね
実際にはその道具を発明する知恵は私自身にはありませんが。

しかしどうですか、もし襲われているのが自分ではなくても、人間の子供だったら、
そして自分が銃を持っていたら、「助ける」のが
その場にいる人間の行動ではないでしょうか。

だからなにが言いたいかというのが自分でもよくわからないんですけど。
「野生の何を知ってるんですか。」
というセリフに感動したんですけどね。

私が野生のなにを知っているというのだろうと。
自然の中で生きてもいないくせにねぇ。
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意味はあるのか


私のことをネタに同僚たちはよく笑います。

「外国人なのにカンボジア人と冗談を言って、踊るし、なんでも食べるし」

ある同僚がそのように笑っていたので、

「いやでもさ、他にもいるよ。そういう外国人けっこういるよ」

と言ったんですね。

その同僚はこう言い返したんです。

「私が知っているのはあなただけだもん」


なんかジーンときたんですよねぇ。
出会うということが重要なんだなと思いました。


時々不思議に思うのですが、ちょっと自分が落ち込んでいたりする時に、

自分に気持ちが動く、そんな言葉がすっとやってきたりするんですよねぇ。



この間、コーヒー飲みたいなぁって思っていたら、ある同僚がたまたまくれたんです。

お昼に会社の外で買ってきたアイスコーヒーをなぜかくれたんです。

「え?飲まないの?」って聞いたら、「コーヒー飲めないから」と。

「じゃあなんで買ってきたんだよ!?」ってその時は笑ったのですが、

あとから考えたら、多分うそでしょう、きっと。

私の飲もうとしているコーヒーを半分くれと言ってあげたことがありますので。



そのタイミングというのに、驚くことがあるのですが、わたしたちが生きていると、

必要なタイミングでなにかが起こったり、言葉をもらったりする。

ちょっとしたことなんですが、大切なことです。

なにか意味があるのか、と考えます。
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この先のこと

 
さて、いよいよ。旅立ちです。

あと2週間ほどで、カンボジアに出発です。

私にとっては、え?5年ぶり?4年か?のカンボジアです。

もうね、ワクワクとドキドキで爆発しそうなんですよ。


正直この先どうするのか、きちんと決めていません。

沖縄に住むのか、カンボジアに住むのか。

両方に拠点をおけたらいいな。

何か色々やってみたいという気持ちがあります。

その一方で、カンボジアで反自給自足の生活しながら、
村で子供たちに日本語教えて、のんびり暮らしたいなぁ・・・という気持ちもあります。

「子供の将来のためには?」

なんて言いますが、子供の将来のことを考えても、どちらに住んだ方がいいか、
そんなことわかりません。


私にとっての幸せが、私にしか決められないように、子供たちの幸せも、
子供たちにしか決められないことです。

日本にいた方が、将来の選択肢は多いかもしれない。
でも、これからの日本の経済を思うと、カンボジアにいた方が希望があるような気もします。

日本はこれから、廃退していくんじゃないかという恐ろしさがあります。
なにより、原発事故、放射能のことが不安で沖縄に引っ越したんですから。

税金は上がる一方、仕事はない、自殺者は年間3万人越え・・・

私は日本が好きですよ。生まれ育った国ですから。

ほんとんどの人がそうじゃないでしょうか。
生まれ育った国、町が嫌いな人って少ないと思います。

そこには愛があると思います。

だから結局、カンボジアで暮らした方が幸せ、
日本で暮らした方が幸せ、ってないと思うんですけどね。

とりあえず!ここでグダグダ言っていてもはじまらない!
行動しなければ、道は見えてこない。

カンボジアに行って、じっくり考えてみましょう。

どうしたら、楽しく暮らせるか、考えてみましょう。

お金のことをもっと考えろと旦那さんにはいつも怒られますけどね。

日本育ちの私が、カンボジア育ちの旦那さんに、

「もっと将来のこと考えろ。子供のこと考えろ」

と怒られるんですから、どうなってんでしょうね(笑)




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自然と共に生きよう。

 
これまで原発問題などということに、まったく目をむけていませんでした。

今現在も続いている、東京電力の原発事故、原発問題。

このような状況になってはじめて、原発はおそろしいと感じ、
失くしてほしいという気持ちでいっぱいです。

今まで知りもせず、知ろうともせずにいた自分に反省しています。

これからは変わりたい。世界も変わってほしい。




下記に貼り付けます二つの記事を、是非読んでみてほしいです。


「原発がどんなものか知ってほしい。」

筆者「平井憲夫さん」
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。



「今だからみんなで考えたいこと。」

俳優 いしだ壱成さんのブログより。

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